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Seventy-five O'clock Jump

毎日おもしろいこと書けるほど星のめぐりはよくないんですよ。

インターネットでともだちやこいびとができるのは魔法でもなんでもねえよ目を覚ませ

参考資料 お話

僕のまわりで、 Twitter で出会った人と付き合っていたり、結婚していたりする方がそれなりにみられる。結婚までいってるケースは年に1,2件くらいだけれども。もちろん恋愛関係だけでなくて、友達ができることもたくさんあるし、実際僕は Twitter によってできた友人 (一方的だとしても) の方が多い。恋人ができたりもした。

インターネットなしに知り合った人たちにこういう話をすると、「顔がわからない人と会うなんて!」だの「インターネットで誰かと会おうとする人って何考えてるのか分からないし信用ならない!」だの「 (失笑まじりに) へえ、そういうの、新しいね~、どうやったら出会えるの?」だのと言われる。

 

もううんざりだ。いいかげんにしてくれ。

 

顔が分かっている人間はみんな信用できるのか? たとえば学校で同じクラスになった人間のうち何人が信用できるのか? 顔を見て話さないと安心できないというけど、裏を返せば表情で簡単に騙せるのではないのか? 

 

悪意を持って接触してくる人間はインターネット上だろうとそうじゃなかろうと存在している。彼らは実のところ、インターネットを使って (使えて) いないことを恥じていて、それを認めたくなくて、「ネットやってる奴=オタク → 下にみてよい」に従って勝手なことを言ってくるのじゃないのか。さあいつまでもつだろう。おそらく、彼らは死ぬまで変わらない。その場ではキレイな (場の空気が汚れない) 返事をしておいて、時間が経てばまた同じことを言ってくる。ほとんどは理解してくれないだろう、残念ながら。

でも同様に、こちらからあちらへの理解も難しい、いやできないかもしれない。例えば学校でいじめを受けていた過去のある人は人間不信になり、少なくとも学校の人間は信用できなくなる。そうしてネットに安住の地を求めたりする。あちら側について理解しようとするならネット経由の有無関係なく誰かと会ったり付き合ったりするような人でないと倍苦しむだろうと思う。

 

恋愛のはなしになるともうひとつお熱いテーマ「リア充と非リア」があってそれについてもなんかイライラするのでまた。